鍼灸治療

現在、鍼を患者に行うことができるのは医師と国家資格をもつ鍼灸師のみです。鍼灸師になるためには鍼灸師養成施設で通常3年の学習の後、国家試験に合格しなくてはいけません。医師は業務として鍼灸を行うことが可能ですが、現在、医学部教育において鍼灸の科目を置く大学はほとんど無く、鍼灸臨床を行うために必要なトレーニングの内容や時間数など法制度の整備もなされていません。したがって、実際に鍼灸を行う医師数は非常に限られています。日本での鍼灸 は長い歴史があるにも関わらず、その評価が高いとはいえません。

一方、アメリカでは鍼は日本よりもはるかに高い評価を得ていると言えるでしょimages-10う。1970年代にニクソン大統領が中国を電撃訪問した折、 随行したニューヨークタイムズの記者が北京で虫垂炎に罹り、手術をうけています。手術後の 悪心嘔吐(むかむか)に鍼灸治療をうけたところ、劇的に症状がおさまったことに驚愕し、この記者が帰国後その顛末を記事にしました。この記事がアメリカに鍼灸が導入されるきっかけとなりました。その後、アメリカ人医師のDr. Joeseph Helmus が鍼灸の研修を積むために フランスに渡りました。帰国後、アメリカ鍼灸学会を設立し、鍼灸の教育と啓蒙に奔走するようになります。彼の著書(Acupuncture Energetics) は700ページに及びます。彼の指導のもと、アメリカ人医師を対象に毎年セミナーが開かれています。2週間、ホテルに缶づめになりながら、昼夜、鍼灸の講義、実習、試験に明け暮れます。そして米国民の鍼灸の関心がたかまるに従い、ほとんどの大学病院に鍼灸クリニックが開設されています。

4−1. 鍼灸はどうして効くのか ー古典的解釈(中国伝統医学的解釈)

keraku1』とは中国伝統医学の根幹となる大事な概念です。我々の身体には生命活動には不可欠のエネルギー(気)が循環しており、この体内の気の流れを良くし『陰と陽』のバランスをとることが重要とされています。 気は不可視であり流動的であり 気が足りないこともまた余分にありすぎることも病気の原因とされています。この気の流れる経路を『経絡』と呼び、主な経絡は左右対象に6つ存在します。全身には、300カ所以上の『ツボ』がこの経絡上にあると考えられています。鍼灸はツボを刺激し気の流れを整え、臓器の調整を行い病気を改善させる方法と理解されています。ところが、これらの『気』『経絡』『ツボ』の存在は現代科学では未だ証明されていません。

4−2. 鍼灸はどうして効くのか ー現代的解釈(西洋医学的解釈)

アメリカ国立衛生研究所のCAM研究センターでは、特に鍼治療の有効性に対する研究が重要視されています。CAM研究センターからの研究費の援助により 鍼治療の有効性の検討が 全米の研究機関により なされています。

image001身体の表面にある皮膚や筋肉には豊富に知覚神経が分布しています。これらの神経は大脳皮質の知覚神経中枢に、痛み、かゆみ、温感、冷感など様々な情報を送っています。そして、大脳皮質に至るまでの経路の途中で延髄、中脳、視床下部などの部位にも枝分かれしてその情報を送っています(脊髄視床路)。延髄 は自律神経系の中枢なので、皮膚や筋肉の知覚神経からの情報が自律神経の調節にも関係していることが容易に想像できます。鍼灸は細い針を身体の表面に挿入します。この手法により皮膚や筋肉に存在する知覚神経が刺激を受け、自律神経系の活動が影響を受けるものと考えられます。

このような観点から西洋医学的な手法を用い、鍼のメカニズムが解明されつつあります。古来より、膝下の『足の三里』は胃腸疾患に良く効く『つぼ』として有名です。実際この場所に鍼 をすると胃の運動が高まります。足三里への鍼により皮膚や筋肉の知覚神経が刺激され、その情報が脊髄を上行し延髄に入力されます。その結果、自律神経 (副交感神経)が興奮し胃運動が亢進 します。鍼の刺激により、 皮膚や筋肉の知覚神経からの情報が延髄をリレーし、 副交感神経を介して、内蔵機能の調節が行われているのです 。中国伝統医学では、鍼灸は『陰と陽』のバランスを調整すると言われていますが、『陰と陽』のバランスを『交感神経と副交感神経』のバランスと翻訳すれば、鍼灸の機序は理解が可能となります。

images-21交感神経や副交感神経などの自律神経以外にも、鍼刺激が脳内の種々の神経に作用を及ぼしています。ハーバード大学のグループは、MRIを用いた臨床研究で、鍼が脳内のモルヒネ様物質(オピオイド)を分泌する神経を刺激することを報告しています。鍼の鎮痛効果は有名ですが、これは鍼刺激によって、脳内からモルヒネ様物質が放出されているためと考えられます。 加えて最近、鍼の刺激が視床下部にも及び、抗ストレスホルモンである『オキシトシン』を放出させることも解ってきました。

4−3.鍼灸の適応となる疾患

肩こり、五十肩、腰痛、膝関節痛などの『慢性の痛み』にたいして、西洋医学では鎮痛剤、湿布などで対処しますが、その効果は顕著ではなく、きわめて限られています。鎮痛剤服用による胃痛や、湿布による皮膚炎などの副作用も時々あらわれます。西洋医学の不得手な領域です。

これらの疾患には鍼灸が第一選択の治療法となります。鍼灸の効く理由は脳内から『モルヒネ様物質』の放出を促すためと考えられています。その他、高血圧、不眠、ストレス、うつ病、下痢、腹痛、アレルギー、脳血管障害後遺症などに効果があります。鍼灸が自律神経のアンバランスを整えること、免疫系を活性化させること、抗ストレスホルモンである『オキシトシン』を放出させることなどによると考えられています。鍼灸の鎮痛効果や、嘔吐抑制効果(むかむか止め)などから、癌の患者さんに対する緩和ケアにも用いられるようになっています。